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	<title>NEWTRAL &#187; 荒川修作</title>
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		<title>荒川修作の“死なない” -vol.00-</title>
		<link>http://newtral.info/2010/07/4771-arakawa-vol00/</link>
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		<pubDate>Fri, 16 Jul 2010 19:22:52 +0000</pubDate>
		<dc:creator>easparkl</dc:creator>
				<category><![CDATA[未分類]]></category>
		<category><![CDATA[4771 issue]]></category>
		<category><![CDATA[Interview]]></category>
		<category><![CDATA[死なない]]></category>
		<category><![CDATA[荒川修作]]></category>

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		<description><![CDATA[introduction 「死なない」こと。このあまりにも力強く、あまりにも儚い言葉を限りなく「実践」というスタンスで追い求めていた人物がコーデノロジスト*、荒川修作である。「この都市は、ぼくらは、決定的に間違っている。」と彼は公言した。繰り返す単調な日々。単調な風景。灰色の街。貧しくなる感覚。乾ききった 目。こわばる身体。歪んだ人との距離。歪んだ感情。現代に溢れる、いくつものこうした「悲劇」に彼は果敢に立ち向かった。 1961年単身渡米し、パートナーとなるマドリン・ギンズと出会い、そこから徹底的な論理研究を重ねる。研究の成果は『意味のメカニズム』というダイアグ ラム図集としてまとめ、その後その研究をもとにいくつもの実験的な建築作品を生み出した。1994年に『奈義の龍安寺』、1995年に『養老天命反転地』、そして2005年に三鷹の『天命反転住宅』が建築される。これらの建築作品には、「死」という人間にとって決定的な天命を変えようという、彼の壮大な夢が詰まっている。そしてそれは、全人類に注がれたあまりにも寛大な、荒川修作の愛の結晶ともいえよう。彼は、常に本気で、持てるエネルギーのあらん限りを、「死なない」ことの探求へと注ぎ込んだ。 ふだん何となく生きられてしまう僕ら。しかしその実、僕らは生きながら死んでいる状態に陥っているのではないか。「死なない」でいることは出来るのだろうか。荒川さんと話がしたくて、今回の特集におけるインタビューの依託をメールで送った矢先に、彼は亡くなってしまった。僕らが荒川さんの声を聴く事はついに叶わなくなってしまった。 そんな僕らが荒川さんの像を追う事となった今回の取材では、6/6にまずABRFinc.代表の本間桃世氏に荒川さんについてのお話を聞くとともに三鷹天命反転住宅を見学させていただいた。その後6/11に当時京都工業繊維大学にて開催されていた『荒川修作＋マドリン・ギンズ展』、明くる6/12に大阪の国立国際美術館にて開催されていた『荒川修作初期作品展』をそれぞれ取材し、6/13には養老天命反転地を訪れ荒川さんの初期の作品から晩年の構想まで、その軌跡を追った。さらにその過程で、ドキュメンタリー映画『死なない子供たち』の監督山岡信貴氏、さらに荒川さんのいくつかの著作の翻訳を手がけた河本英夫氏、かつてNYの荒川さんの事務所に在籍していた建築家山口尚之氏といった荒川さんに深く関わる人物が浮かび上がり、荒川さんに関するお話を伺う運びとなった。 誌面では取材の一部分を入り口として掲載したが、NEWTRAL web では各人のインタビューの全パートや、僕らが実際に訪れた初期作品展や建築作品のレポートを連載形式で展開する。連載の第１回目は、今回三鷹天命反転住宅を案内して頂いた本間桃代氏のインタビューを掲載する。荒川修作の実践を体感する事が出来る三鷹天命反転住宅では、定期的に見学会が開催されているので、記事を通じて興味を持たれた方は是非一度足を運んでみてほしい。開催される催しは以下のオフィシャルサイトでチェックすることが出来る。 ■vol.01 本間桃世インタビュー ■荒川修作＋マドリン・ギンズ　ARCHITECTUAL BODY オフィシャルサイト 養老天命反天地 奈義町現代美術館]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><strong><em>introduction</em></strong><a rel="attachment wp-att-307" href="http://newtral.info/2010/07/4771-arakawa-vol00/%e3%83%94%e3%82%af%e3%83%81%e3%83%a3-9/"><img class="size-large wp-image-307 alignleft" title="ピクチャ 9" src="http://newtral.info/main/wp-content/uploads/2010/07/ピクチャ-9-700x288.png" alt="" width="700" height="288" /></a></p>
<p>「死なない」こと。このあまりにも力強く、あまりにも儚い言葉を限りなく「実践」というスタンスで追い求めていた人物がコーデノロジスト*、荒川修作である。「この都市は、ぼくらは、決定的に間違っている。」と彼は公言した。繰り返す単調な日々。単調な風景。灰色の街。貧しくなる感覚。乾ききった 目。こわばる身体。歪んだ人との距離。歪んだ感情。現代に溢れる、いくつものこうした「悲劇」に彼は果敢に立ち向かった。</p>
<p>1961年単身渡米し、パートナーとなるマドリン・ギンズと出会い、そこから徹底的な論理研究を重ねる。研究の成果は『意味のメカニズム』というダイアグ ラム図集としてまとめ、その後その研究をもとにいくつもの実験的な建築作品を生み出した。1994年に『奈義の龍安寺』、1995年に『養老天命反転地』、そして2005年に三鷹の『天命反転住宅』が建築される。これらの建築作品には、「死」という人間にとって決定的な天命を変えようという、彼の壮大な夢が詰まっている。そしてそれは、全人類に注がれたあまりにも寛大な、荒川修作の愛の結晶ともいえよう。彼は、常に本気で、持てるエネルギーのあらん限りを、「死なない」ことの探求へと注ぎ込んだ。</p>
<p> <br clear="none" /></p>
<p>ふだん何となく生きられてしまう僕ら。しかしその実、僕らは生きながら死んでいる状態に陥っているのではないか。「死なない」でいることは出来るのだろうか。荒川さんと話がしたくて、今回の特集におけるインタビューの依託をメールで送った矢先に、彼は亡くなってしまった。僕らが荒川さんの声を聴く事はついに叶わなくなってしまった。</p>
<p> <br clear="none" /></p>
<p>そんな僕らが荒川さんの像を追う事となった今回の取材では、6/6にまずABRFinc.代表の本間桃世氏に荒川さんについてのお話を聞くとともに三鷹天命反転住宅を見学させていただいた。その後6/11に当時京都工業繊維大学にて開催されていた『荒川修作＋マドリン・ギンズ展』、明くる6/12に大阪の国立国際美術館にて開催されていた『荒川修作初期作品展』をそれぞれ取材し、6/13には養老天命反転地を訪れ荒川さんの初期の作品から晩年の構想まで、その軌跡を追った。さらにその過程で、ドキュメンタリー映画『死なない子供たち』の監督山岡信貴氏、さらに荒川さんのいくつかの著作の翻訳を手がけた河本英夫氏、かつてNYの荒川さんの事務所に在籍していた建築家山口尚之氏といった荒川さんに深く関わる人物が浮かび上がり、荒川さんに関するお話を伺う運びとなった。<br />
 <br clear="none" /></p>
<p>誌面では取材の一部分を入り口として掲載したが、NEWTRAL web では各人のインタビューの全パートや、僕らが実際に訪れた初期作品展や建築作品のレポートを連載形式で展開する。連載の第１回目は、今回三鷹天命反転住宅を案内して頂いた本間桃代氏のインタビューを掲載する。荒川修作の実践を体感する事が出来る三鷹天命反転住宅では、定期的に見学会が開催されているので、記事を通じて興味を持たれた方は是非一度足を運んでみてほしい。開催される催しは以下のオフィシャルサイトでチェックすることが出来る。</p>
<p> <br clear="none" /></p>
<p><strong><a href="http://newtral.info/2010/07/4771-arakawa-vol01/">■vol.01 本間桃世インタビュー</a></strong> <br clear="none" /></p>
<p><strong><br />
<a href="www.architectural-body.com/">■荒川修作＋マドリン・ギンズ　ARCHITECTUAL BODY </a></strong><em>オフィシャルサイト</em><br />
 <br clear="none" /><br />
<a href="http://www.yoro-park.com/j/rev/">養老天命反天地</a><strong><br />
 <br clear="none" /><br />
<a href="http://www.town.nagi.okayama.jp/moca/">奈義町現代美術館</a></strong><br />
 <br clear="none" /></p>
]]></content:encoded>
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		<title>荒川修作の“死なない” -vol.01-</title>
		<link>http://newtral.info/2010/07/4771-arakawa-vol01/</link>
		<comments>http://newtral.info/2010/07/4771-arakawa-vol01/#comments</comments>
		<pubDate>Fri, 16 Jul 2010 18:28:39 +0000</pubDate>
		<dc:creator>newtral</dc:creator>
				<category><![CDATA[未分類]]></category>
		<category><![CDATA[4771 issue]]></category>
		<category><![CDATA[Interview]]></category>
		<category><![CDATA[死なない]]></category>
		<category><![CDATA[荒川修作]]></category>

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		<description><![CDATA[本間桃世（ABRF.Inc)インタビュー　7th,June,2010 —荒川+ギンズのプロジェクトのある到達点とも言える、三鷹天命反転住宅にお邪魔した。周囲の景観からは逸脱しているほどカラフルで奇抜な外観のこの建物を案内をしてくれたのは、ABRF代表の本間桃世さんである。僕らと同じ武蔵野美術大学出身であるらしく、あいさつもそこそこに早速2階の２LDKタイプの一室から見学させて頂いた。 —編集部飯田（以下I) 今日はよろしくお願いします。この部屋だけはいわゆる垂直平行で、四角い部屋になってるんですね。 —本間桃世（以下H) そう、もう１つ和室がある3LDKタイプの部屋の和室も水平な床の部屋ですが、他の二部屋、球体の部屋は完全な球形だし、バスルームはシリンダー状の筒の部屋です。真ん中がキッチンとリビングで、床はこのとおり。この天井ですけれど、天井自体が斜めになっているんですよ。実はどの部屋も床に２０分の１の勾配を、天井に逆勾配をかけてあるので、遠近感が変わります。彼がそこに立っていると、普通よりもちょっと大きく見えるけどここだと逆に小さくみえたりする。 要するにその人の身長だとかサイズとかも、私たちが思っているのは１つのサイズ＝ものさしであって、ちょっとした環境の違いでいくらでもそれは自由になるという、当たり前、と思っているサイズを疑ってかかろうっていうことですね。 あとベランダが三箇所あるんだけれど、一箇所は普通のドアで開けられて、もう二箇所はからだを屈まないと出入りできない。お茶室のにじり口みたいでしょう。一回一回出入りにからだを使うことで、部屋が新鮮に感じられるんです。 あと電気のスイッチの位置を見て欲しいんですけれど、普通の家に付いているような位置とちょっとズレてて、点けるときに身体を屈めたり伸ばしたりさせられる。今は極端な例だと指一本で、人がいなくても家のお風呂のお湯が沸いたり全部がコントロールできたりする家もあるけれど、ここでは電気をつけるっていう行為も、一つ一つ細かい筋肉を使うことになり、筋肉に刺激がいくとまた感覚も変わるという、そういう細かい気づきへの促しが沢山あるんですね。 この家は三鷹天命反転住宅イン・メモリー・オブ・ヘレンケラーという名前なんですけれども、このヘレン・ケラーって皆さん知っているように、生まれて９ヶ月で視覚も聴覚も失います。その彼女が周りの環境、よき先生、よき家族、よき友人、そして環境と共に身体を自分で作り変えていわば再構築していった。与えられたもの＝身体、という条件は同じでも、使い方で全く違うものにつくりかえることができる、そういう例として、荒川さんとマドリンがいつもモノを作る上でのモデルにしていました。だからヘレン・ケラーだったらどうやってこの家に住むだろうっていうテーマで、In Memory of Helen Kellerというんです。 例えば視覚障害のある人がここに暮らす場合、最初はすごく不自由かもしれないけど、モノの位置を身体で把握してしまうと、床にはコブがついてるし、案外私たちよりもずっとスムーズに住めるかもしれない。それから身体が不自由な人も実はこの家にはつかまるとこが沢山あるでしょう。実はつかまりながら一周できるようになっているんですよ。 —I　すごく面白いのはそれぞれ色のついた部屋に入ってから他の部屋に移ると、また何か色が変わって見えますね。 —H そうですね、この建物は全部で14色を内外装で使っているんですが、時間帯によっても全然色が違ってみえて、例えば午後５時くらいだと一瞬色が全部グレーというか、色が抜けちゃうような感じになる時間帯があるのね。まぁ泊まってもらうのが一番いいんだけど‥今度是非泊まりに来てくださいね（笑）。　泊まってみると夜や明け方に色がどう見えるか、それはドラマティックです。 で、この建物はいわゆる構造的な柱が無いんです。じゃあどうやって支えているのかっていうと、構造を担っているのがこの全部のユニットの部屋。でユニットの真ん中にジョイントされているラインが入っているんだけど、ここで実は上下のパーツが組み合わさっていて、それを積み重ねていって、それが一本巨大な柱になっているんですよ。3階建ての集合住宅の構造としては日本で初めての技法ということで構造評定もすごく大変で、大臣認定をわざわざ取らないといけなかったり。 といってもこの部屋自体が柱になってますっていうのは中々わかりにくいと思うので、屋上を案内しますね。上から見るとああなるほどねってわかるので。屋上はハシゴ状のタラップを上らないといけないのですが、みなさん高いところは大丈夫？高所恐怖症で屋上にのぼって降りられなくなっちゃった人もいるんですよ（笑）。 天命反転住宅を案内して下さるABRF.Inc 本間桃世さん —ということで屋上へと向かう。はしごを上って最上階に降り立つと、三鷹の町並みが一望できる。 — H 階段で普通に屋上に人が上がれるようにすると、安全防止のごつい落下防止の柵をつけなくてはならなくて、そうすると荒川さんが考えていた外観と変わっ てしまうので、上り下りのたびに施錠が必要だけれど屋上は開放感のある空間にしよう、とこうなりました。 —I　 配管も 全部原色で塗られているんですね。 —H そう、配管って普通はベランダの隅にまとめて目立たないように納めるか、隠し てしまうけれど、現代の建物には必要不可欠なものでもある。荒川さんはあえて配管にきれいな色を塗って、これらも家の大事な要素なんだよ、心臓に血管が血 液を送り続けるように、この配管がエネルギーや水を家（身体）に送り続けてくれているんだから大事にしなくちゃ、という考えなんです。 でも、きれいに色が塗られているので配管でもちょっと汚れていると拭きたくなる（笑）この住宅は、はっきりいって掃除が大変なんですよね。この色を保つため に年に一回は外壁清掃をしなくてはいけなくて。普通はメンテナンスの費用がかかるから、マンションも家も汚れが目立たないようにくすんだ色を選ぶんだけ ど、荒川さんにしてみれば、日本の町並みはなんとなくくすんでいて暗い、なぜ明るく美しい色に塗らないのか、という想いがあって。 中には景観法が‥とか派手で落ち着かない‥とか言う人もいるけれど、荒川さんはよく、じゃあキミはきれいな花束もらって「色が多すぎてイヤです」って思うのか？街に花畑があると 思ったらいいじゃないか！とよく言っておられました。 それから、14色に塗られているって言いましたけど、どの部屋も違う配色です。 ひとつだけ法則があって、どこを見ても必ず視界に６色以上が入るように配色されています。荒川さん曰く、一度に６色以上の色が視界に入ると、人間の視覚と いうのはとても優れていて、勝手に色を中和してバランスをとってくれる、つまり一色だけ、二色だけ、突出して目立つ、という現象がなくなるんだそうです。 これが２、３色だけ使われていたりすると、どうしても好き嫌いが出来る、目立つ色が出てくる、だからこれだけ多色が使われていても落ち着くんです。 この建物はそうやって今まで常識的にこうじゃなきゃいけないって言われていたことを、自分たちが積極的に建物に関わることによってちょっとずつその常識を変えていくっていう、そういう要素がすごく詰まったものです。 —I　本間さんが荒川さんに関わるように なったのはどのような経緯があるのでしょうか。 —H 荒川さんとはね、とても面白いんですけど、私が武蔵野美術大学を 出て、美術関係の仕事をいくつか転々として、当時ギャラリーで働いてたんですけど、ある日荒川さんをよくご存じのNYの知人から連絡をもらって、荒川さん が沖縄の米軍基地の分布図が欲しいと言っているけれどあなた手に入らない？って言われたのがきっかけです。 沖縄の友達に聞いてみたらあっさりと手に入ったのでその人に連絡したら、もうアラカワは日本に行っちゃった、だから申し訳ないけど直接滞在先に届けてくれないか、と言われて。 私もうすごくドキドキして、あの世界のアラカワだよなぁと思って、日本人にはすごい厳しいって聞いているし、あいさつ英語かなとか色々考えながら、それを持ってホテルに行ったんですよ。そしたら荒川さんが現れて、ハロー、僕荒川ですと言われて、あ日本語だ良かった！と思って（笑）。 それで沖縄の地図を持ってきました、と言って渡すとパラパラっと見て、サンキューって言ってそれをバンって置いちゃって、「君は何をしてるんだね？」て言われたの。それで私は「ギャラリーで働いてます。」と。「ギャラリー？！絵を飾っているところかね。」「そうです。」「僕も昔絵描いてたんだよ。」「え、昔って今は何してるんですか？」と言ったら、「今なにしてるか知りたいか。」そしたらそこから３時間くらい、自分の思想を語ってくださったんですよ。 私 は圧倒されちゃって、いやー生まれて初めて本物の生きている天才に会ったなぁという感動と、この人がやろうとしていることはとてつもないことだなぁという [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p style="text-align: left;"><em><strong>本間桃世</strong></em><em><strong>（ABRF.Inc)</strong></em><em><strong>インタビュー　7th,June,2010</strong></em></p>
<p><a rel="attachment wp-att-219" href="http://newtral.info/2010/07/4771-arakawa-vol01/%e3%83%94%e3%82%af%e3%83%81%e3%83%a3-2/"><img class="size-large wp-image-219 alignleft" title="ピクチャ 2" src="http://newtral.info/main/wp-content/uploads/2010/07/ピクチャ-2-700x523.png" alt="" width="700" height="523" /></a><br />
 <br clear="none" /></p>
<p><strong>—荒川+ギンズのプロジェクトのある到達点とも言える、三鷹天命反転住宅にお邪魔した。周囲の景観からは逸脱しているほどカラフルで奇抜な外観のこの建物を案内をしてくれたのは、ABRF代表の本間桃世さんである。僕らと同じ武蔵野美術大学出身であるらしく、あいさつもそこそこに早速2階の２LDKタイプの一室から見学させて頂いた。</strong><br />
 <br clear="none" /><br />
 <br clear="none" /></p>
<p><strong>—編集部飯田（以下I)   今日はよろしくお願いします。この部屋だけはいわゆる垂直平行で、四角い部屋になってるんですね。</strong><br />
 <br clear="none" /></p>
<p><strong>—本間桃世（以下H)</strong> そう、もう１つ和室がある3LDKタイプの部屋の和室も水平な床の部屋ですが、他の二部屋、球体の部屋は完全な球形だし、バスルームはシリンダー状の筒の部屋です。真ん中がキッチンとリビングで、床はこのとおり。この天井ですけれど、天井自体が斜めになっているんですよ。実はどの部屋も床に２０分の１の勾配を、天井に逆勾配をかけてあるので、遠近感が変わります。彼がそこに立っていると、普通よりもちょっと大きく見えるけどここだと逆に小さくみえたりする。<br />
要するにその人の身長だとかサイズとかも、私たちが思っているのは１つのサイズ＝ものさしであって、ちょっとした環境の違いでいくらでもそれは自由になるという、当たり前、と思っているサイズを疑ってかかろうっていうことですね。<br />
 <br clear="none" /></p>
<p>あとベランダが三箇所あるんだけれど、一箇所は普通のドアで開けられて、もう二箇所はからだを屈まないと出入りできない。お茶室のにじり口みたいでしょう。一回一回出入りにからだを使うことで、部屋が新鮮に感じられるんです。</p>
<p>あと電気のスイッチの位置を見て欲しいんですけれど、普通の家に付いているような位置とちょっとズレてて、点けるときに身体を屈めたり伸ばしたりさせられる。今は極端な例だと指一本で、人がいなくても家のお風呂のお湯が沸いたり全部がコントロールできたりする家もあるけれど、ここでは電気をつけるっていう行為も、一つ一つ細かい筋肉を使うことになり、筋肉に刺激がいくとまた感覚も変わるという、そういう細かい気づきへの促しが沢山あるんですね。<br />
 <br clear="none" /> </p>
<p>この家は三鷹天命反転住宅イン・メモリー・オブ・ヘレンケラーという名前なんですけれども、このヘレン・ケラーって皆さん知っているように、生まれて９ヶ月で視覚も聴覚も失います。その彼女が周りの環境、よき先生、よき家族、よき友人、そして環境と共に身体を自分で作り変えていわば再構築していった。与えられたもの＝身体、という条件は同じでも、使い方で全く違うものにつくりかえることができる、そういう例として、荒川さんとマドリンがいつもモノを作る上でのモデルにしていました。だからヘレン・ケラーだったらどうやってこの家に住むだろうっていうテーマで、In Memory of Helen Kellerというんです。<br />
 <br clear="none" /></p>
<p>例えば視覚障害のある人がここに暮らす場合、最初はすごく不自由かもしれないけど、モノの位置を身体で把握してしまうと、床にはコブがついてるし、案外私たちよりもずっとスムーズに住めるかもしれない。それから身体が不自由な人も実はこの家にはつかまるとこが沢山あるでしょう。実はつかまりながら一周できるようになっているんですよ。<br />
 <br clear="none" /> <br clear="none" /></p>
<p><strong>—I　すごく面白いのはそれぞれ色のついた部屋に入ってから他の部屋に移ると、また何か色が変わって見えますね。</strong><br />
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 <br clear="none" /></p>
<p><strong>—H</strong> そうですね、この建物は全部で14色を内外装で使っているんですが、時間帯によっても全然色が違ってみえて、例えば午後５時くらいだと一瞬色が全部グレーというか、色が抜けちゃうような感じになる時間帯があるのね。まぁ泊まってもらうのが一番いいんだけど‥今度是非泊まりに来てくださいね（笑）。　泊まってみると夜や明け方に色がどう見えるか、それはドラマティックです。<br />
 <br clear="none" /></p>
<p>で、この建物はいわゆる構造的な柱が無いんです。じゃあどうやって支えているのかっていうと、構造を担っているのがこの全部のユニットの部屋。でユニットの真ん中にジョイントされているラインが入っているんだけど、ここで実は上下のパーツが組み合わさっていて、それを積み重ねていって、それが一本巨大な柱になっているんですよ。3階建ての集合住宅の構造としては日本で初めての技法ということで構造評定もすごく大変で、大臣認定をわざわざ取らないといけなかったり。<br />
 <br clear="none" /></p>
<p>といってもこの部屋自体が柱になってますっていうのは中々わかりにくいと思うので、屋上を案内しますね。上から見るとああなるほどねってわかるので。屋上はハシゴ状のタラップを上らないといけないのですが、みなさん高いところは大丈夫？高所恐怖症で屋上にのぼって降りられなくなっちゃった人もいるんですよ（笑）。<br />
 <br clear="none" /></p>
<p style="text-align: right;"><a rel="attachment wp-att-278" href="http://newtral.info/2010/07/4771-arakawa-vol01/%e3%83%94%e3%82%af%e3%83%81%e3%83%a3-3-2/"><img class="size-large wp-image-278 alignleft" title="ピクチャ 3" src="http://newtral.info/main/wp-content/uploads/2010/07/ピクチャ-31-700x456.png" alt="" width="700" height="456" /></a>天命反転住宅を案内して下さるABRF.Inc 本間桃世さん</p>
<p> <br clear="none" /><br />
 <br clear="none" /></p>
<p><strong>—ということで屋上へと向かう。はしごを上って最上階に降り立つと、三鷹の町並みが一望できる。</strong><br />
 <br clear="none" /></p>
<p><strong>— H</strong> 階段で普通に屋上に人が上がれるようにすると、安全防止のごつい落下防止の柵をつけなくてはならなくて、そうすると荒川さんが考えていた外観と変わっ てしまうので、上り下りのたびに施錠が必要だけれど屋上は開放感のある空間にしよう、とこうなりました。<br />
 <br clear="none" /></p>
<p><strong>—I　 配管も 全部原色で塗られているんですね。</strong><br />
 <br clear="none" /></p>
<p><strong>—H</strong> そう、配管って普通はベランダの隅にまとめて目立たないように納めるか、隠し てしまうけれど、現代の建物には必要不可欠なものでもある。荒川さんはあえて配管にきれいな色を塗って、これらも家の大事な要素なんだよ、心臓に血管が血 液を送り続けるように、この配管がエネルギーや水を家（身体）に送り続けてくれているんだから大事にしなくちゃ、という考えなんです。<br />
 <br clear="none" /></p>
<p>でも、きれいに色が塗られているので配管でもちょっと汚れていると拭きたくなる（笑）この住宅は、はっきりいって掃除が大変なんですよね。この色を保つため に年に一回は外壁清掃をしなくてはいけなくて。普通はメンテナンスの費用がかかるから、マンションも家も汚れが目立たないようにくすんだ色を選ぶんだけ ど、荒川さんにしてみれば、日本の町並みはなんとなくくすんでいて暗い、なぜ明るく美しい色に塗らないのか、という想いがあって。<br />
中には景観法が‥とか派手で落ち着かない‥とか言う人もいるけれど、荒川さんはよく、じゃあキミはきれいな花束もらって「色が多すぎてイヤです」って思うのか？街に花畑があると 思ったらいいじゃないか！とよく言っておられました。<br />
 <br clear="none" /></p>
<p>それから、14色に塗られているって言いましたけど、どの部屋も違う配色です。 ひとつだけ法則があって、どこを見ても必ず視界に６色以上が入るように配色されています。荒川さん曰く、一度に６色以上の色が視界に入ると、人間の視覚と いうのはとても優れていて、勝手に色を中和してバランスをとってくれる、つまり一色だけ、二色だけ、突出して目立つ、という現象がなくなるんだそうです。 これが２、３色だけ使われていたりすると、どうしても好き嫌いが出来る、目立つ色が出てくる、だからこれだけ多色が使われていても落ち着くんです。<br />
 <br clear="none" /></p>
<p>この建物はそうやって今まで常識的にこうじゃなきゃいけないって言われていたことを、自分たちが積極的に建物に関わることによってちょっとずつその常識を変えていくっていう、そういう要素がすごく詰まったものです。<br />
 <br clear="none" /></p>
<p><strong>—I　本間さんが荒川さんに関わるように なったのはどのような経緯があるのでしょうか。</strong><br />
 <br clear="none" /></p>
<p><strong>—H</strong> 荒川さんとはね、とても面白いんですけど、私が武蔵野美術大学を 出て、美術関係の仕事をいくつか転々として、当時ギャラリーで働いてたんですけど、ある日荒川さんをよくご存じのNYの知人から連絡をもらって、荒川さん が沖縄の米軍基地の分布図が欲しいと言っているけれどあなた手に入らない？って言われたのがきっかけです。<br />
沖縄の友達に聞いてみたらあっさりと手に入ったのでその人に連絡したら、もうアラカワは日本に行っちゃった、だから申し訳ないけど直接滞在先に届けてくれないか、と言われて。<br />
 <br clear="none" /></p>
<p>私もうすごくドキドキして、あの世界のアラカワだよなぁと思って、日本人にはすごい厳しいって聞いているし、あいさつ英語かなとか色々考えながら、それを持ってホテルに行ったんですよ。そしたら荒川さんが現れて、ハロー、僕荒川ですと言われて、あ日本語だ良かった！と思って（笑）。<br />
 <br clear="none" /></p>
<p>それで沖縄の地図を持ってきました、と言って渡すとパラパラっと見て、サンキューって言ってそれをバンって置いちゃって、「君は何をしてるんだね？」て言われたの。それで私は「ギャラリーで働いてます。」と。「ギャラリー？！絵を飾っているところかね。」「そうです。」「僕も昔絵描いてたんだよ。」「え、昔って今は何してるんですか？」と言ったら、「今なにしてるか知りたいか。」そしたらそこから３時間くらい、自分の思想を語ってくださったんですよ。<br />
 <br clear="none" /></p>
<p>私 は圧倒されちゃって、いやー生まれて初めて本物の生きている天才に会ったなぁという感動と、この人がやろうとしていることはとてつもないことだなぁという 事だけは分かって、細かいところはまだついていけなかったんですが、でもとにかく感動して。それから私もお手紙書いたりとかやりとりをして、荒川さんが日 本に来るたびに会っていただいたりだとか、講演会に誘っていただいたりだとかしたんですね。<br />
 <br clear="none" /></p>
<p>それである日、名古屋の万博に合わせての名古 屋市の事業で賃貸住宅の仕事が荒川さんに持ち上がったときに、日本で荒川さんの窓口になっていた人がいるんですけれどその方とケンカをして、決裂しちゃったと。その方はある会社の社長さんで、自分の会社を窓口にしたら仕事を受けられますよって言ったんだけど、荒川さんは純粋な人だから、この人が、僕の仕事 を横取りしようとしていると勘違いして、絶対だめだとか言って揉めて、仲違いしてしまった。<br />
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<p>その直後に私がお会いしたら、「君事務所つくれるか？」と言うんですよ。「え？なんの事務所ですか？！」と言ったら、「僕の事務所だよ。つくれるんだったらつくってくれないか？」と言われて、私も びっくりしたけれど、こんなチャンスは二度とないなぁと思いました。こんな世界の最先端をゆく人と一緒に何か出来るならと思って、何も分からなかったけど 「つくれます」って言ってしまって、「いくらあればつくれる」って言われて「いくら？えっと・・・」「１００万か、２００万か、３００万か」って言われ て、「えっと今すぐは分からないんですけど・・・」「３００万あればつくれるな？」「・・・多分つくれると思います」「オッケー。明日また来い」と言われ て。<br />
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<p>次の日行ったらヨレヨレの「早稲田大学」って書いた袋の中に札束が三つ入っていて、「これで事務所を一週間以内につくれ」って言われ たんですよ。私は仰天して、こんな人世界で一人しかいないなぁと思って。「荒川さん、これ私に渡しちゃっていいんですか？私これ持って中米に逃げちゃうか もしれませんよ？」と聞くと、「君はそんなことしないだろう、信頼するから作れよ」と言われて、それから今に至ります。<br />
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<p><strong>— I、B　すごいですね・・・人柄が（笑）。</strong><br />
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<p><strong>—H</strong> すごいでしょう（笑）？　でもそれで私もすごく鍛えられたし、荒川さ んのすばらしいところは、若い人をとにかく信じる、若い人の情熱に懸けるっていうところがやっぱりすばらしいところでしたね。逆に社会的に偉い人や、した り顔で評論めいたことを言う人には、容赦なくケンカを売ってものすごい嫌われたりとかね。もう荒川さんの事大嫌いって言う人もいるんだけど、その人たちも 何で嫌いかというと、一番痛いところを突かれて答えられなかったからっていうのもあって。その意味では本当にいつも真剣だったし、いつも情熱を傾けて生き るということに集中してた人ですね。とにかく生きてる荒川さんに会ってもらいた かったなあ。<br />
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<p>下へ行きましょうか。<br />
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