荒川修作の“死なない” -vol.01-
—屋上から降り、次に3LDKタイプのお部屋を拝見。
— H 中に入るとまた、外から見た感じと違うでしょう。この部屋が、LDKでいうと3LDKですね。光の入り方がさっきの部屋と違いますよね。どの部屋も違 うから、入るたびに新しくて新鮮。工事中、施工業者の人たちの間でどの部屋が一番好きか?なんていう人気投票なんかもやったんですって。
ペンキ屋さんも、普通マンションの工事って、どの部屋も大抵同じ配色だからなにも考えないで下手すると「明日の現場ってどこだっけ?」なんて別のこと考えな がら作業するんだそう。でも、ここは一部屋一部屋間違えるといけないから、目の前のペンキ作業に集中すると。それを荒川さんが聞いて、「すばらしい話じゃ ないか!」って喜んでらして。
床も凹凸がついているでしょう、左官屋さんも最初やっぱり、ほんとにこれでいいんですか?って(笑)。
デコボコの上にさらに細かい砂利をまいてくれって、荒川さんが言うので、え、ほんとにいいんですかって戸惑ってましたね。
現代の土間をつくりたい、という発想から来たんですが、実はお年寄りが見学に来てもこの床は人気でね、ほとんどのお年寄りは、こういう床の方がいいって言われます。
たとえば、フローリング やリノリウムの床って滑ったとたんに、踏ん張るものがないから杖がないと倒れちゃう。でもこの床なら足の裏でデコボコのコブをつかめるので逆に安心して歩けるっていう感想を言われる方がいますね。これこそ、本当の意味でのバリアフリーだと思うんですよね。
身体や年齢に関係なく、必ずその人のその人なりの使 い方が見つかる部屋っていうかね。
で、やっぱりさすがにこの家を選んでいるだけあって、住んでいる人たちも面白い方が多いですね。もちろんここに越してこられる前は知らない人同士だったのが、お宅どうやってあそこ使っている?みたいな会話から始まって、いい感じのご近所づきあいがあるというか。昔ある人が、鍵を持たないで家を出て閉め出されちゃって、それで隣の方に頼んでお宅のベランダからウチのベランダをつたって入らせてくれない かってお願いして無事家に入れたっていう話もあるし、一番最初に借りてた三世帯の人たちが、三世帯で共同でレンタル畑をシェアしてたんですよ。
一人が、抽選で近所の農家さんのレンタル畑スペースの使用権をゲットしたというので、行ってみたら広くて大変だということで、声をかけて住人3組で共同の畑をもって たみたい。一時期、夏は毎日のようにトウモロコシとかトマトとか採れたてをいただいて。
荒川さんがいつも言われてましたけど、やっぱり現代でも、向こう三軒両隣じゃないけど共同体っていうのはできるんだって。その共同のコミュニティーが細胞のように増殖していったらいいなって。
荒川さんは 「個人」っていう概念が、いかにリミットをつくってしまっているかってことも言われていました。荒川さんってある時から、「荒川+ギンズ」というクレジッ トを使うようになって、これはもちろん公私に渡るパートナーであるマドリン・ギンズさんとの二人の共同作業・共同制作ってこともあるんだけど、アラカワっ ていうものを敢えて一人にしたくない、色んな人を巻き込んで出来ているものだからって。
一人称“I”ってのを荒川さんは使わない人で、必ず“We”て論文 などにも書いていたのね。“We”にはあなたも入るんだっていう考えでしたね。なんでそれが死なないってことになっていくかについては、一言では難しいけ ど、まぁ肉体の終わりがその人のすべての終わりとはどうしたって考えられない。
家族は語り続けるわけだし、思い出は残っていくしいろんなものが残ってい く、という事は、それはすべての終わりではないわけですだよね。ただ目に見えない形になっただけで。で、その生命っていうものは終わりはない。個体の死= 生命の死ではない。
私たちに終わりはない、究極を言えば、私たちは、死なないんだって思えば、物欲・独占して、死ぬ前にこれだけは買っておこうとか、死ぬ 前に子供にこれだけは残しておこうっていう考え自体も変わってくる。
その個人個人の欲望が無くなっていけば、戦争だってしなくなるんだ。っていうのが荒川 さんの世界に対する提唱っていうか、それを私たちは変えられる事ができるのに出来ていない。それは、人類があまりにも文字、言語でばかり物事を表し、また 解釈出来るような気になっているけど、私たちは一人一人が必ず持っている「身体」のことをこれっぽっちもわかっていない。
もっと身体を使って環境を変えて いく。もしくは環境を造りこんで自分の身体を変えていく、そこに大いなる可能性があるんだから、もっともっと身体を見つめるんだ!っていうのが荒川さんの 建築のテーマなんです。
—最後に、一階にあるABRFの事務所のお部屋にお邪魔した。
—H 物が入ると全然違うでしょう。うちは事務所なので寝 具とかがないけれど。この天井からなんでもものをぶら下げる収納っていうのが、かなり住む人の個性っていうのが出ますよね。独創性、センスが問われるとい うか。
荒川さんの次なる目標は天命反転の街。建物が建った事は素晴らしいと。で、それが集まって今度は「まち」っていう単位になれば、 もっと巻き込む人の人数が、何万人っていうふうになってそのコミュニティーとしての強さが出てくる。
ほんとに巨大なまちのプロジェクト。せめてこのくらいはつくりたいっていうプランがこれですね。これをみて宮崎駿さんが、こんなに複雑な街のつくりだと宅配便屋さんはどうするんですかって言って、荒川さんに 怒られていましたね。
貧乏くさい事言うんじゃないよ宮崎さんって。その頃は宮崎さんとすごく交流があって、宮崎さんは荒川さんの街ができたら日本は本当に 変われる、だから応援します、と勝手連を名乗られて。でもいざ荒川さんが「宮崎さん、本気で一緒にやろう」と言い出したら宮崎さんの周りは「いや、宮崎さ んにはまだ映画を何本もつくっていただかなくては」と、荒川さんと何か始めることには反対されちゃって。
で、この天命 反転の街のプロジェクト実現の可能性を色んな場所で交渉していって最終的に出た場所が高知県。高齢者のリタイアメントコミュニティーで、高齢者の家族が訪 ねてもゆったりできるようなコミュニティーをつくろうってね。高齢者もそうだし、若い人もそこで雇用が生まれてね。まぁ若い子が、あそこのジジババはすご く元気で、おかしいぞ、俺たちもあそこに住みたいって思うようなコミュニティーをつくろうという話をしていたんですね。
荒川さんが、存在 しなくなった今も、このプロジェクトは続けようと思っています。やっぱり、外で働いて、寝に帰る場所だけの場なんて、ほんとにありえない。21世紀にもっ と豊かな暮らしをしていなかったら、いままで先祖代々生きてこうゆう国にしてきた人たちに申し訳ない。極端な話、生活する事だけに集中できない世界なんて ねぇ。
いま3月に荒川+ギンズを巡る国際会議があったばかりで、5月の連休中に国際会議のイベントがあって、世界各国から、荒川さんの研 究をしている学者・研究者が集まって、言葉でのディスカッションをして。欧米は特に、理論武装できていなくては思想が伝えられないんです。
異なる宗教、言 語、文化背景、歴史をもった人たちが集まったとき、今私たちにとって唯一の共通のモノサシである言語で説明できなければならない、でも日本は違う、もちろ んそういう側面は必要だけれど、もっと身体に根ざした体験から理解できる文化があると。
現代はだんだんそれもなくなってきてしまっているとはいえ、荒川さんはそれだから日本にはものすごいポテンシャルがある、日本だからこそできることがある、と常に力説していました。だから今はある意味では両方ある状態、 日本ではとにかく天命反転のなんかつくろうよっていう人がふえてきて、海外では天命反転思想について言葉で表現する人があつまっていて、だからこれでプロジェクトが動かなかったら、ないよってとこにきているんですね。
そんなときに荒川さんがパッと消えちゃったのでほんとにみんな途方に暮れ てしまった。
一番宿題見てもらいたい人がいなくなっちゃって。これは、つまりお前たち、自分で答えを見つけろってことでしょう。と言う事は、答えがいつま でも見つからないんですよね。もっと良くなるんじゃないか、こうなんじゃないかってつまり、もう死ねないということです。
荒川さんは、そういう意味では自 分は次のステージに行っちゃって、自分はこの世で伝える事はすんだかなって思ったのかもしれない。まぁ多分どこかで見ていると思いますけどね。まだくだら ないことグズグズ言ってんのかお前たち、って(笑)。
荒川さんの肉体は消えてしまった現在も、どうやってそれを伝えて いけるかというのが私たちの宿題ですね。荒川さんって面白いよって言うだけじゃなくて、実践に向かってとにかくものをつくる、天命反転の街に向かうってい うことを続けなきゃいけない。
まぁ映画作ってる人もいるし、マンガ書きながら妖怪になる宣言している人もいるし、本を書く先生たちもいる し、で渋谷さんみたいに音楽をつくる人もいる。
そうやって天命反転っていうことを知らない人たちが、何かをきっかけにそれはどういう事だろうって考える きっかけになる。どうしたら天命反転できるんだろう、と思った人たちがそれぞれのフィールドで表現をして、それで色んな人たちがものをつくったり書いたりという波及効果がじわじわ大きくなって本当の天命反転っていう世界に繋がっていくんじゃないかって信じているんです。
それから、荒川さんはいつも、何かをつくるときには一番困っている人たちのことを考えろ、と言われていました。
これはとても大切なことだと思って、これからも肝に銘じていよ うと思っています。
みなさんもぜひ、天命反転を反転するくらいの感じで(笑)書いてもらってひとりでも多くの人に天命反転できるように伝 えて下さい。
—ありがとうございました!
2010年6月6日 取材:飯田将平 百野太陽 写真:mza
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