荒川修作の“死なない” -vol.00-

introduction

「死なない」こと。このあまりにも力強く、あまりにも儚い言葉を限りなく「実践」というスタンスで追い求めていた人物がコーデノロジスト*、荒川修作である。「この都市は、ぼくらは、決定的に間違っている。」と彼は公言した。繰り返す単調な日々。単調な風景。灰色の街。貧しくなる感覚。乾ききった 目。こわばる身体。歪んだ人との距離。歪んだ感情。現代に溢れる、いくつものこうした「悲劇」に彼は果敢に立ち向かった。

1961年単身渡米し、パートナーとなるマドリン・ギンズと出会い、そこから徹底的な論理研究を重ねる。研究の成果は『意味のメカニズム』というダイアグ ラム図集としてまとめ、その後その研究をもとにいくつもの実験的な建築作品を生み出した。1994年に『奈義の龍安寺』、1995年に『養老天命反転地』、そして2005年に三鷹の『天命反転住宅』が建築される。これらの建築作品には、「死」という人間にとって決定的な天命を変えようという、彼の壮大な夢が詰まっている。そしてそれは、全人類に注がれたあまりにも寛大な、荒川修作の愛の結晶ともいえよう。彼は、常に本気で、持てるエネルギーのあらん限りを、「死なない」ことの探求へと注ぎ込んだ。


ふだん何となく生きられてしまう僕ら。しかしその実、僕らは生きながら死んでいる状態に陥っているのではないか。「死なない」でいることは出来るのだろうか。荒川さんと話がしたくて、今回の特集におけるインタビューの依託をメールで送った矢先に、彼は亡くなってしまった。僕らが荒川さんの声を聴く事はついに叶わなくなってしまった。


そんな僕らが荒川さんの像を追う事となった今回の取材では、6/6にまずABRFinc.代表の本間桃世氏に荒川さんについてのお話を聞くとともに三鷹天命反転住宅を見学させていただいた。その後6/11に当時京都工業繊維大学にて開催されていた『荒川修作+マドリン・ギンズ展』、明くる6/12に大阪の国立国際美術館にて開催されていた『荒川修作初期作品展』をそれぞれ取材し、6/13には養老天命反転地を訪れ荒川さんの初期の作品から晩年の構想まで、その軌跡を追った。さらにその過程で、ドキュメンタリー映画『死なない子供たち』の監督山岡信貴氏、さらに荒川さんのいくつかの著作の翻訳を手がけた河本英夫氏、かつてNYの荒川さんの事務所に在籍していた建築家山口尚之氏といった荒川さんに深く関わる人物が浮かび上がり、荒川さんに関するお話を伺う運びとなった。

誌面では取材の一部分を入り口として掲載したが、NEWTRAL web では各人のインタビューの全パートや、僕らが実際に訪れた初期作品展や建築作品のレポートを連載形式で展開する。連載の第1回目は、今回三鷹天命反転住宅を案内して頂いた本間桃代氏のインタビューを掲載する。荒川修作の実践を体感する事が出来る三鷹天命反転住宅では、定期的に見学会が開催されているので、記事を通じて興味を持たれた方は是非一度足を運んでみてほしい。開催される催しは以下のオフィシャルサイトでチェックすることが出来る。


■vol.01 本間桃世インタビュー


■荒川修作+マドリン・ギンズ ARCHITECTUAL BODY
オフィシャルサイト


養老天命反天地


奈義町現代美術館


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